Z世代から見る「不便益」──便利の飽和が生む“逆流” | 福岡のWEB制作会社・ホームページ制作会社|株式会社TOE Z研究ラボ - トエラボ
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便利の飽和が生む“逆流”

スマホひとつで生活の大半が完結する現代。買い物も連絡も、写真の加工も、あらゆる行為が数秒で終わるほど利便性が極限まで高まっています。
しかしその一方で、Z世代の間では、アナログカメラ、手作業のハンドメイド、レトロブームの再燃など “わざわざ不便なもの” に惹かれる動きが広がっています。便利さを極めた世界の中で、「不便だからこそ感じられる価値=不便益(ふべんえき)」が静かに求められ始めているのです。
本記事では、Z世代の価値観において「不便」がどのように「益」に転換されているのか、その背景と具体例を考察します。

「不便益」とは何か?

「不便益(ふべんえき)」は、もともと工学博士である川上浩司氏によって、システムデザインの分野で提唱された概念です。
従来の企業活動やマーケティング施策は、顧客に対して利便性や合理性といった「便利益」を提供することを第一に追求してきました。しかし、あらゆるサービスで効率化や合理化が行き過ぎると、かえって生活者の関心が薄れ、「自分ごと」として捉えてもらえなくなるという課題に直面します。この徹底した最適化は、顧客体験をコモディティ化させ、ブランドとの関係性を単なる取引(トランザクション)に貶め、感情的なロイヤルティを侵食するリスクをはらんでいるのです。
こうした状況に対し、「不便」がもたらす効用に着目したのが「不便益」というアプローチです。この考え方を企業施策に応用するため、博報堂と川上氏は共同研究を進めており、その知見はサービスデザインやマーケティングの領域全体に示唆を与えています。
参照:サービスデザインにおける不便益(野坂 泰生 2021年 60巻 12号 p.844-848)

Z世代から見える「不便益」の考え方

では実際にZ世代がどのように「不便益」を享受しているのか、具体的な事例を分析していきましょう。

■ レトロ文化:昭和・平成の空気への憧れ
フィルムカメラ、VHS加工、昭和平成風のインテリア。
Z世代が惹かれるのは単なるノスタルジーではなく、「不完全さの魅力」と「デジタルでは作れない時間の質」です。
・現像を待つ時間
・撮り直しが効かない緊張感
・ざらつく質感、手ぶれ、光漏れ
これらの“不便”が、写真にストーリーを与えます。“簡単に量産できない”からこそ価値が上がるのです。

■ 手作業の復権:編み物ブーム
SNSで若者の編み物・かぎ針編みが爆発的な人気を得ています。
完成品よりも「自分でつくる過程」に魅力を見いだすのがZ世代らしい特徴です。
・失敗しながら習得する上達感
・時間をかけたぶん愛着が湧く
・“買う”では得られない唯一性
手間をかける行為そのものが、癒やし・達成感・自己表現につながっています。

■ アナログアクション系:ガチャ、チェキ、手紙文化
・「結果が予測できない」ガチャ
・一発勝負のチェキ
・デジタルより“手間”のある直筆手紙
これらはすべて“不便を楽しむ文化”。結果が決まっていない、時間がかかる、不器用になる──だからこそドキドキし、思い出として深く残るのです。

■ 生活のミニ・スローダウン
Z世代の中には、
・朝だけスマホを触らない
・紙の手帳を使う
・レコードで音楽を聴く
といった小さな“非効率”を生活に取り入れる人も増えています。
アルゴリズムに最適化されすぎた世界から距離を取り、自分のペースを取り戻すための不便なのです。

不便から得られる8つの益

川上氏らの研究で示されている「8つの不便益」は、Z世代の消費行動と驚くほど合致します。

参照:不便益システム研究所

1. 能力低下を防ぐ
便利すぎると“しなくなること”が増える。
アナログ作業は「感じる・考える・工夫する」能力を守る役割を持つ。
2. 上達できる
編み物、フィルム写真、手作りグッズ。
繰り返しの失敗や試行錯誤が、技術の向上を実感させてくれる。
3. 工夫できる
制約があるからこそクリエイティビティが刺激される。
“デジタル無限編集”より、アナログのほうが発想力が問われる。
4. 安心できる・信頼できる
人の手による温度や不器用さは、機械的なものより安心感を生む。
チェキ、手紙、手書きのメモに根強い人気がある理由。
5. 発見できる
便利では気づけない「偶然」を生む。
現像して初めて気づく光漏れ、アナログ作業中のひらめきなど。
6. 対象系を理解できる
仕組みが見えることで世界の理解が深まる。
編み物、DIY、機械式カメラなどは“構造”を体感しやすい。
7. 主体性が持てる
“やらされる”のではなく、“自分で選ぶ・やる”という能動性が生まれる。
アルゴリズムに流されやすいデジタル時代だからこそ重要。
8. 俺だけ感がある
Z世代のキーワード。
便利なものは誰でも同じになりやすいが、不便から生まれたものは唯一無二になる。

まとめ

  • Z世代にとって、「不便」は必ずしも避けるべきネガティブなものではありません。むしろ、戦略的に設計された不便は、対象への愛着を深め、エンゲージメントを再構築するための強力なドライバーとなり得ます。
    不便益は単なるニッチなトレンドではないのです。それは、コモディティ化の波に対抗し、顧客との深い関係性を築くための、価値創造とブランド差別化における新たな基本軸です。
    したがって、未来のイノベーターやブランドマネージャーに突きつけられる問いは、もはや一つではありません。「どうすればもっと便利になるか?」という従来の追求に加え、今こそ「どのような意味のある『不便』を設計し、代替不可能な価値を提供できるか?」という、より本質的な問いに向き合うべき時なのです。

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